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    わびさび

    今、茶道の家元?の著書を読んでいます。
    まだ途中ですが、へぇ~、と思ったこと。

    わびさび、って言葉あるじゃないですか。
    『詫び』『寂び』です。

    一緒くたにされることが多いですが、実は別らしいです。

    そのうち『詫び』について、へぇ~、って思いました。

    その意味は、客をもてなす時の気持ちなのだそうです。

    もてなす相手に対して、自分の持てる全てを以てもてなす。
    それでもやはり物理的に言っても限界があります。
    そんな更なるもてなしが出来ないことをお詫びします
    という、謙虚な姿勢を表すのだとか。

    ただそれは、自分の身の丈を超えたもてなしをすべし、という意味ではないようです。
    飽くまで、自分の出来る限りのことで良いのです。

    千利休がある時、とあるお偉いさんにお茶会に呼ばれたそうです。
    そこでそのお偉いさん、わびさびの意味を取り違えて、わざと質素なお茶会を開いたそうです。
    そうしたら利休さん激怒して帰ってしまったそうです。
    つまり、出来る限りのもてなしをしようとは考えてないじゃないか!ということのようです。

    一方、豊臣秀吉の黄金の茶室。
    これはいわゆる『わびさび』のイメージとはかけ離れていますよね。
    でも、これは利休的にはOKなんです。
    天下を取った秀吉のこと、出来る限りのもてなしとなると、あれくらい絢爛豪華な茶室
    になってしまうということのようです。
    まあ、それだけ秀吉の権力は絶大だったのでしょう。

    さて、自分の出来る限りのおもてなし・・・実際やるとしたらどうなるでしょうか・・・?

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    コメント

    No title

    深い~。
    自分の身の丈をまず知らないとなかなかできないかもしれません、私の場合。 難しいですね(*^_^*)

    Re: No title

    いえいえ、多分身の丈を知ることが大事なのではなくて、
    自分の心を尽くしたおもてなし、なんだと思いますよ。

    自分の身の丈を知らないからこそ、自分の出来る限りのことを
    やった時に「詫び」の気持ちが生まれて、
    同時にその時点での自分の身の丈も自然と思い知るし、
    そして次はもっと・・・と自分を高められるのかな、て。

    これは勝手な解釈ですけどね(笑)
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